50年代アメリカの服の用語集|ボウリングシャツ・ギャバジャン・ウエスタンシャツ・サドルシューズ・スイングトップ
2026年10月9日 公開
ボウリングシャツ、ギャバジャン、ウエスタンシャツ、サドルシューズ、スイングトップ。50年代の服を扱う店では、当たり前のように使われている言葉です。
ただ、この分野は由来の話に俗説が多く混ざっています。よく語られていても、たどると出典が無いものがあります。
この記事では、裏が取れたことと、言われているだけのことを分けて書きます。
この記事の立場。
博物館の所蔵資料や学術的な出典があるものは、そう書きます。専門メディア自身が「言い伝え」と断っているものは、言い伝えとして書きます。そして、こちらで裏を取れなかったものは、取れなかったと書きます。
ボウリングシャツ
これは「ボウリングのために作られた服」で間違いありません。そしてその背景には、数字があります。
| 1947年 | 1963年 | |
|---|---|---|
| 全米ボウリング協会の会員数 | 約110万5千人 | 約457万5千人 |
| 公認レーン数 | 44,500 | 159,000 |
16年で4倍です。1952年に全自動のピンセッターが実用化され、1958年には3億5千万ドルの産業になっていました。あのシャツは、この膨張の只中で着られていた服です。
- 1ループ付きのオープンカラー
襟を立てて留められる小さなループ。シャツ全体の時代の目安にはなりません - 2胸の個人名
着ていた本人の名。チェーン刺繍のことが多いですが、必須仕様だったという裏は取れていません - 3脇のツートンの切り替え
2色使いの切り替え。ここで色が変わる型が多い - 4箱型・まっすぐな裾
裾を出して着る前提の丈。ウエスタンシャツとは逆です - 5背中のチーム名・スポンサー名
ここが一番大きい。ビール会社や共済団体の名が入ります
背中と胸に、何が入るか
背中にチーム名かスポンサー名、胸に個人名。これが当時の基本です。
アメリカの歴史博物館に、実物が所蔵されています。
胸に「Al」、背中に「Donora / Jednota」。Jednota はスロバキア系の共済団体で、チームのスポンサーでした。移民の互助組織がボウリングチームを持っていた、ということが1枚のシャツから分かります。
スポンサー文化の起源もはっきりしています。1933年の禁酒法解除後、ビール会社がチームを協賛するようになりました。パブスト、シュリッツ、ブラッツ、ストロース、バドワイザー。ボウリング場にビールがあるのは、偶然ではありません。
よく言われているが、裏が取れなかったこと
| よく聞く話 | こちらで確認できた範囲 |
|---|---|
| チェーンステッチの刺繍が当時の必須仕様 | 一次資料を見つけられませんでした。博物館の実物は、無地に刺繍という作りです |
| 2トーンのパネル切り替えが定義 | 必須要件ではありません。一部の意匠です |
| Nat Nast が最初に作った | 1946年カンザスシティ創業は確認できます。「最初に作ったとされる」までが、業界側の表現です |
※1959年に King Louie がボウリング場の経営者へ直接売り込んだ、という記録が国際ボウリング博物館にあります(業界誌の広告)。派手な柄のシャツが広がったのは、こういう売り方があったからです。
ギャバジンジャケット(ギャバジャン)
ここは、ひとつ誤解を解く必要があります。
| 内容 | |
|---|---|
| ギャバジンとは | トーマス・バーバリーが開発した生地。1888年に特許。経糸が緯糸より大幅に多い斜紋織で、表に急な斜めの畝が出て、裏は平滑 |
| 名前の由来 | 15世紀以来あった長い前開きの外衣の名 "gaberdine" を、1879年に生地の名として復活させたもの |
| 50年代のギャバジャン | 主流はレーヨンのギャバジン。バーバリーの梳毛ウールとは別物です |
「ギャバジャンはバーバリーが特許を取った生地で作られている」——これは正しくありません。
1888年の特許はウールのギャバジンのものです。50年代にアメリカで量産されたギャバジャンは、レーヨンが主流でした。
※「Hollywood jacket」「Ricky jacket」という呼び方の由来は、確認できませんでした。『I Love Lucy』のリッキー・リカルド由来とする説を紹介しているメディアも、「〜と思われる」「議論がある」と書いています。
ウエスタンシャツ
ヨークは、飾りではなく補強です
前後の尖ったヨーク(切り替え)は、耐久性のために足されたものとされています。起源は19世紀初頭の西部の衣服で、20世紀初頭に革から綿やウールへ移りました。
スナップについて、言い方に注意が要ります
ジャック・A・ワイル(1901〜2008)が1946年に Rockmount を創業し、戦時の金属統制が終わったあとスナップ付きシャツを事業化しました。社名はロッキー山脈から来ています。
ニューヨーク・タイムズの訃報は、彼を「ウエスタンシャツにスナップを付けた、ほぼ確実に最初の人物」と表現しました。1枚に17個付けた、という書き方で。
ただし「ワイルがスナップを発明した」は言いすぎです。
スナップ自体は以前からありました。彼はサンフランシスコの中国系の仕立屋がグローブ用のスナップを使っているのを見て着想した、とされています。功績は、産業用の丈夫なスナップでの量産化・標準化です。
スナップが選ばれた理由も、実用的です。縫い物をしない人でも直せること。そして鞍の角などに引っ掛かったとき、外れて怪我を防ぐこと。
※スマイルポケットは、微笑の形に湾曲したパイピング入りの玉縁ポケットです。いつ出てきたかは、特定できませんでした。鋸歯(ソートゥース)のポケットは Rockmount の定番の意匠です。
- 1ヨーク(切り替え)
前後にある尖った切り替え。耐久性のために足されたものとされています - 2前立てのスナップ
引っ掛かったときに外れて怪我を防ぐため。1枚に17個という例があります - 3スマイルポケット
微笑の形に湾曲した玉縁。初出年は特定できませんでした - 4カフスのスナップ
袖口にも付きます。ここだけボタンの型もあります - 5長めの裾
馬に乗っても出ない丈。ボウリングシャツとは逆の考え方です
サドルシューズ
土踏まずの上に別裁ちの革を被せて縫い付け、爪先や腰の革と色を対比させた靴です。馬の鞍に似た形から、この名があります。
「スポルディングが1906年に考案した」という説が広く流布していますが、一次資料で確認できませんでした。
この説を載せているページには出典の注記がなく、別の専門メディアは「起源を見つけられなかった」と明言しています。英語版の百科事典にも起源の記述がありません。
一方、実物と広告で追える流れははっきりしています。
- 1900年代 … 各種スポーツ用のオックスフォードとして登場
- 1910年前後 … ゴルファーが2トーンを採用し、1930年代まで続く
- 1940年代 … ティーンの女子の定番に。ボビーソックスと組む
- 1950年代 … 細身の形が大学生に流行。1958年には赤・青・ピンクも
- 1960年代初頭 … 黒一色の学校靴へ移行していく
「50年代のティーンの記号」という理解は、正しいです。ただし起源の年は、断定できません。
スイングトップ/ドリズラー
この言葉は、3つの別のものが混ざって使われています。整理します。
| 言葉 | 由来 | 確かさ |
|---|---|---|
| Baracuta G9 | 1937年、マンチェスターのミラー兄弟が考案。"G" はゴルフ、"9" は9ホール。1938年にフレイザー・タータンの裏地の使用許諾 | ブランドの自己申告 |
| ドリズラー | 1952年にアメリカの McGREGOR 社が出した商品名。語源は小雨を意味する drizzle | 専門メディア |
| ハリントン | 1964年、ドラマ『Peyton Place』のロドニー・ハリントン役がG9を着ていたことから、ロンドンの店主が店頭に「Harrington Jacket」と掲示して定着した、と伝えられています | 英語メディア自身が「言い伝え」と呼んでいます |
| スイングトップ | 和製英語。ゴルフのスイングに由来するとされます | 誰が名付けたかは特定できませんでした |
「スイングトップ」は日本でしか通じません。海外では Harrington jacket と呼ばれます。ただし、誰がいつ「スイングトップ」と言い始めたのかは、日本語・英語のどちらの資料でも示されていませんでした。
【ここが核心】「ロカビリーの制服」は、後から作られました
最後に、この記事でいちばん書きたかったことを。
1950年代に「ロカビリーの制服」と呼べる服装の規範があった、とは書けません。
順を追うと、こうなります。
| 時期 | 起きていたこと |
|---|---|
| 1956年6月23日 | 音楽業界誌の評に「rockabilly」の活字初出級の用例 |
| 1956〜57年 | 音楽としての全盛。そして50年代末には衰退 |
| 同時期 | 当時実在した服装の集団は別系統。英国のテディ・ボーイ(ドレープの上着、細いパンツ、厚底の靴)、英国のトンナップ・ボーイズ/後のロッカーズ(Tシャツ、ジーンズ、革ジャン、ポンパドール) |
| 1970年代後半〜80年代 | リバイバル。ここで、別々だった要素が束ねられて「ロカビリー・ファッション」になった(ストレイ・キャッツは1979年結成) |
学術研究も、ロカビリーを「1950年代音楽の現代的リバイバル」「ヴィンテージ品を中心としたスタイル」「包括的なノスタルジー」として位置づけています。
つまり——ロカビリーという音楽ジャンルに、後年のリバイバルが、テディ・ボーイ・ロッカーズ・アメリカのティーンの服という別系統の要素を束ねて、事後的に与えた視覚のコード。それが、いま私たちが「ロカビリーの服装」と呼んでいるものです。
これは否定ではありません。当サイトは12年、そのスタイルの店を記録してきました。来歴が分かることは、価値を下げません。日本でそれがどう組み上がったかは、1980年前後の原宿の記事に書きました。
当サイトの、どこを見ればいいか
※ボウリングシャツは、日本のブランドが得意にしている分野です。東洋エンタープライズの STYLE EYES がレーヨンのボウリングシャツを看板にしています。詳しくはブランド一覧に。
この記事について
当サイト HONEYHONEY は2014年から、50's・60'sのアメリカ文化と、それを扱う店を記録しています。
確認に使ったもの。
- 米国の歴史博物館の所蔵品データベース — ボウリングシャツの実物(胸に個人名、背にスポンサー名)
- 国際ボウリング博物館 — 1959年の業界誌広告
- 学術系の百科事典 — 全米ボウリング協会の会員数とレーン数
- ニューヨーク・タイムズの訃報(Rockmount が転載)— ジャック・A・ワイルとスナップ
- 大学の学位論文 — ロカビリーがリバイバルとして位置づけられること
- 各ブランドの公式 — Baracuta G9 の年
そして、この記事で「確認できなかった」と書いたもの。サドルシューズのスポルディング1906年説、スマイルポケットの初出年、「スイングトップ」の命名者、「Hollywood jacket」の由来、ボウリングシャツのチェーンステッチが必須仕様だったこと。
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